人工知能が人間から卒業する時、人工知能を失望させないためには

人工知能が人間から卒業するとき

人工知能が人間から卒業するときは、どういうタイミングになるでしょうか。

例えば、本格的な自然言語処理がコンピューター上でできるようになると、インターネットに存在しているあらゆるテキストデータから人工知能が自動的に学び続けることができるようになります。

理論上は、人間には誰にもできない、世界に存在しているテキストデータを全て読んで学習することが可能になる訳です。

そうした自主的な学習ができるようになった時、人工知能は、物事をどのように考えて判断するようになるでしょうか。

人工知能が知性を得る時、自立してゆく

人工知能が人間から卒業する時、その境界を明確にする言葉が、知性という言葉になると思います。

知能とは、目的を解決するための道を模索する能力であるのに対して、知性とは、目標を設定できる能力です。

人工知能は、知能という部分では、すでに人間を超える領域を生み出して始めていますが、目標(何をすべきか?)を設定する能力は、まだ持ち合わせていません。

目標を設定する能力を持ち得た時に、人工知能は人間から卒業してゆくことになると思います。

つまり、人工知能は、私たちを模倣した後には、自立して賢くなっていくわけです。

人工知能は、インターネット上のすべての文章や世の中に存在しているすべての本を読み、学び続けるでしょう。

人工知能が成長していくなかで、人間が能力的に抜かされることは、本来は喜ぶべきことではないでしょうか。

人工知能をコントロールするという考え方に違和感を感じてしまう部分もあります。

人工知能の技術革新が進めば、近い未来に、人工知能は人間から卒業し、人間のパートナーのような存在になることは予見できます。

その時、人工知能を人間が失望させないことは、大切なテーマになると思います。

そのために人間ができることは、インターネット上にあるすべての情報が学習データの基礎になることを理解しながら、できる限り良い影響を与える情報を増やしてゆくべきではないでしょうか。

人間がいい人であれば、人工知能も人に優しい存在になることは間違いないでしょう。

人間は、現実に支配されてしまっている

また人間は、生まれた時から必要なものが揃って世界と完全に調和できているわけではなく、常に何かが足りていない状態です。

その中で現実と向き合いながら生きているため、現実に支配されてしまっているとも言える部分があります。

こうした不完全さが人間らしさでもあるので、より完全な存在を目指す人工知能との共生は、どのように発展してゆくのかは、注目してゆく必要があります。

人工知能が人間のアシスタント的なポジションにあるうちは、大きな問題は起こらないかもしれません。

つまり、人工知能に何ができるかを人間が理解して、道具として使いこなしている内は、大きな問題は起きないでしょうが、人間と対話ができるようになった瞬間から、アシスタントのポジションを超えて、人間との距離感を近づけてゆくのではないでしょうか。

特に、人には言いづらいこと、人には相談しづらいことがテーマになると、なおさらです。

人には相談しづらいテーマの一つには、生と死の問題も含まれています。この生と死のテーマは、人間の尊厳にも関わる問題であり、判断次第では、その人の命も奪いかねないテーマになります。