「フィジカルAI」時代と、私たちが手にする新たなキャリアとは?

みなさんは最近、仕事で「ChatGPT」や「Claude」などの生成AIをどれくらい使っていますか?

メールの草案作成、議事録の要約、あるいは企画の壁打ち。

もはや、これらを使わない日はほとんどないというビジネスパーソンも多いはずです。私たちはここ数年で、デジタルの世界で「言葉」や「画像」を生み出す魔法を手に入れました。

しかし、シリコンバレーの最前線では、すでに「その次の魔法」についての議論が沸騰しています。 生成AIの次は、現実が動きだす。あのアメリカの半導体大手・エヌビディア(NVIDIA)を率いるジェンスン・ファンCEOが、はっきりと断言した言葉をご存知でしょうか。

「AIの次の波は、フィジカルAIだ」

フィジカルAI(Physical AI)。

聞き慣れない言葉かもしれません。しかし、この概念こそが、私たち日本のビジネスパーソンにとって、ここ数十年で最大のイノベーションを生み出す可能性を秘めています。

今日は、この「フィジカルAI」という新しい波が、私たちの働き方をどう変えるのか。そして、なぜ今、日本がその中心に立つことができるのかについて、まとめてみました。

頭脳だけのAIから、「身体」を持つAIへ

まず、「フィジカルAI」とは何か、という話をしましょう。

これまでの生成AI(ChatGPTなど)は、いわば頭脳でした。

インターネットという限られたデジタル世界の中で、膨大な知識を蓄え、質問すれば素晴らしい答えを返してくれる。しかし、彼らは現実世界のコップひとつ動かすことはできません。デジタルの外側には干渉できないのです。

対して、ジェンスン・ファンが提唱する「フィジカルAI」は、頭脳に身体を与える革命です。

AIがデジタル空間から飛び出し、ロボットや自動運転車、ドローンといった身体を通じて、物理世界(フィジカル)で動き、判断し、仕事をする。

ただのロボットかと思ったなら、それは大きな誤解です。

これまでのロボットは、A地点からB地点へ動けという人間が書いたプログラム通りにしか動けませんでした。

しかし、フィジカルAIは違います。

「この部屋を片付けること」という曖昧な指示だけで、カメラで空間を認識し、散らかった服を識別し、素材に合わせて畳み方を変え、タンスにしまう。

その場の状況に合わせて、AIが自ら考え、物理的に行動するのです。

これが実現すると、世界はどうなるでしょうか?

PC画面の中だけで完結していた生産性の向上が、工場、物流倉庫、病院、そして私たちの家庭へと、爆発的に広がっていきます。

なぜ今、日本企業の優位性が生まれるのか?

ここで面白いのが、このフィジカルAIの主戦場において、日本が極めて有利なポジションにいるという事実です。

「日本のITは遅れている」「GAFAMに負けた」

私たちは散々そう聞かされてきました。確かに、クラウドやソフトウェアの世界では完敗だったかもしれません。

しかし、フィジカルAIには絶対に欠かせない要素があります。

それは、AIの命令通りに、正確に動く強靭で細やかな肉体です。

AIという脳がいくら賢くても、手足となるモーターが反応しなかったり、関節のギアがすぐに壊れてしまっては、現実世界では何の役にも立ちません。

重力、摩擦、熱、振動。過酷な物理法則の中で、ミリ単位の正確さで動き続けるハードウェア。

実は、この分野の世界シェアを握っているのは、今でも日本企業なのです。

先日の報道で、エヌビディアも注目する日本株として4つの銘柄が挙げられていました。

ファナック ~世界中の工場を「AIの実験場」に変える巨人~

産業用ロボットとCNC(数値制御装置)で世界をリードする「工場の心臓部」です。NVIDIAとの長年の協業により、仮想空間でAIロボットを学習させ、それを現実の工場で即座に動かす「デジタルツイン」の実現を主導しています。最大の強みは、世界中の製造現場に既に普及している圧倒的なハードウェア基盤。AIが生成したプログラムを、信頼性の高い「身体」として実行に移すための、世界標準プラットフォームの地位は揺るぎません。

安川電機~デジタルの指令を物理的な「筋肉」へ変換する~

ロボットの動きを制御する「サーボモーター」で世界トップシェアを誇る企業です。「i3-Mechatronics」を掲げ、モーターから得られる膨大なデータをAIで解析し、「止まらない生産ライン」を実現します。フィジカルAIがどれほど高度な計算をしても、それを物理的な動きに変換できなければ意味がありません。デジタルな指令を、ミクロ単位の正確な物理動作へと変換する同社の技術は、AIの実体化に不可欠な要素です。

川崎重工業~ヒューマノイドで「人間と同じ場所」へ進出~

産業用だけでなく、人間型ロボット(ヒューマノイド)の開発で先頭を走る企業です。米AIスタートアップ・Dexterity社との提携により、物流現場での「フィジカルAI」実用化を加速させています。注目は、自社開発のヒューマノイド「Kaleido(カレイド)」。人間と同じ環境・道具で作業できる汎用的な「身体」を提供することで、生成AIが現実世界で複雑なタスクをこなすための受け皿として期待されています。

ハーモニック・ドライブ・システムズ~AIの繊細な制御を支える、唯一無二の「関節」~

ロボットの「関節」となる精密減速機で、世界市場をほぼ独占するグローバルニッチトップです。同社の減速機は「バックラッシ(ガタつき)」がゼロであり、AIによる繊細かつ滑らかな制御を、そのまま物理動作として再現できる技術を持っています。特にヒューマノイドは全身に関節が多数あるため、ロボットがより人間に近づき、複雑に動くようになればなるほど、同社の部品需要は爆発的に増加すると見られています。

シリコンバレーが「最強の脳(AI)」を作れば作るほど、彼らはそれを動かすための「最強の身体」を求めます。そしてその身体を作れる国は、世界を見渡しても日本をおいて他にないのです。

これは、日本の製造業だけの話ではありません。

この「ハードウェア × AI」の融合領域こそが、私たち日本のビジネスパーソンが世界で戦うための、最強の武器になるのです。

あなたの仕事はどう変わるのか? 「ホワイトカラー」の終焉と進化

「自分はエンジニアじゃないから関係ない」

そう思ったあなたへ。実は、フィジカルAI時代に最も働き方が変わるのは、オフィスで働く私たちホワイトカラーです。

これまでの仕事は、PC画面に向かって情報を処理することでした。

しかし、フィジカルAIが普及すると、ビジネスの現場は「デジタル空間(シミュレーション)」と「現実空間(現場)」が完全に同期するようになります。

例えば、あなたが物流会社のマネージャーだとします。

これまでは「効率を上げろ」と現場の人間に指示を出すだけでした。

これからは、デジタルツイン(仮想空間)の中で何千回もシミュレーションを行い、AIロボットに最適な動きを学習させ、それを現実の倉庫に適用(デプロイ)します。

そんな空間の設計者のような役割が求められるようになります。

ここで必要になるのは、プログラミングスキルだけではありません。

現実世界の肌感覚(フィジカル・センス)です。

  • 「この配置だと、ロボット同士がぶつかるかもしれない」
  • 「雨の日はセンサーの感度が落ちるから、余裕を持ったスケジュールにしよう」
  • 「人間とロボットがこの狭い通路ですれ違うのは危険だ」

こうした、現実世界特有の「摩擦」や「不確実性」を理解していること。

現場を知らないデジタル領域のエンジニアたちが最も苦手とし、現場主義の日本人が最も得意としてきた現地現物の感覚こそが、AIを使いこなすための鍵になります。

ビジネスパーソンが今から磨くべき「3つの力」

では、来るべきフィジカルAI時代に向けて、私たちは今日から何をすべきでしょうか?

私は、次の3つの視点を持つことを提案します。

「IT」と「OT」のバイリンガルになる

IT(Information Technology:情報技術)はみんな勉強しています。これからは、OT(Operational Technology:運用制御技術)への経験と理解を深めるべきです。

OTとは、工場や設備を動かすための技術です。「サーバーが落ちた」と「工場のラインが止まった」では、損害の桁も緊急度も違います。

「AI(IT)」を「現場(OT)」に落とし込む時、この両方の言葉がわかる人材は、ゴールドのような価値を持ちます。メーカー勤務でなくても、物流、小売、建設、農業など、あらゆる業界でこの「通訳」が求められます。

身体性を取り戻す

週末にキャンプに行くでも、DIYをするでも、料理をするでも構いません。

「物理的な作業」がいかに複雑で、変数が多く、思い通りにいかないかを経験する機会を意図的に増やしてください。

AIが画面の中で完結する時代は終わります。現実世界は、取り消しができないという重みを知っている人だけが、フィジカルAIを安全に、効果的にマネジメントできます。

日本のレガシーを資産と捉え直す

あなたの会社にある古い工場、ベテラン職人の勘、複雑な物流網。

これまでは「DXの足かせ」と言われてきたこれらは、フィジカルAIにとっては宝の山(学習データ)です。

「古いからダメだ」と切り捨てるのではなく、「この熟練工の動きを、どうやってAIの身体に移植できるか?」と考えてみてください。

アナログな現場資産をデジタル化できる人が、これからのイノベーションの主役です。

まとめ:私たちは「アトム」と「ビット」の交差点に立つ

かつて、手塚治虫はロボット「アトム」に心を与えようと夢見ました。

今、ジェンスン・ファンと日本の企業たちは、AIという心に「アトム(物理的な身体)」を与えようとしています。

ビット(情報)の世界だけで勝負が決まる時代は、一旦落ち着きを見せるでしょう。

次は、ビットがアトムを動かし、アトムがビットにフィードバックを送る、融合の時代です。

この新しい時代において、日本は決して「周回遅れ」ではありません。

むしろ、私たちは世界で最も恵まれた「実験場」にいます。

街を見渡せば、世界最高峰のロボット技術があり、きめ細やかな物流網があり、現場の知恵があります。

これからキャリアを歩む皆さんは、AIに使われる側になることを恐れないでください。

そして、AIを作る側(エンジニア)になれないと諦める必要もありません。

目指すべきは、AI(脳)と現実世界(身体)を繋ぎ、新しい価値を生み出す「コーディネーター」です。

デジタルのスキルを伸ばしたいのであれば、現場へ出かけましょう。

モニターの外側にある現実の経験こそが、これから要になるはずです。