AIに「魂」を与える哲学者と、私たちビジネスパーソンが今すぐ考えるべきこと

「AIが自分の仕事を奪う」という話を聞いたとき、あなたはどう感じますか?

「まだまだ先の話だろう」「自分の業界は大丈夫」――そう思っている方も多いのではないでしょうか。

しかし、今回ご紹介する2つの情報は、そうした認識を改めて考えさせられる内容ではないでしょうか。

一つは、AIスタートアップ「アンソロピック(Anthropic)」でAI「Claude(クロード)」の倫理と人格を設計する哲学者、アマンダ・アスケル氏についてのウォール・ストリート・ジャーナルの報道。もう一つは、同社CEOダリオ・アモデイ氏が語った「今後1〜5年で起きること」という衝撃的な予測です。

これはもはや、テクノロジーの話ではありません。私たちの仕事との向き合い方を考えざるを得ない話です。

AIに魂を吹き込む哲学者の存在が意味するもの

まず、アマンダ・アスケル氏という人物について話しましょう。

スコットランド出身の彼女は、オックスフォード大学で博士号を取得した本格派の哲学者です。14歳の頃から「哲学を教えることが夢だった」と語る彼女が現在取り組んでいるのは、人間ではなくAIに「何が正しいか」を教えることです。

アンソロピックにおける彼女の役割は、一言で言えば「Claudeの人格設計者」。100ページ、時には数万ワードにも及ぶ膨大な指示書(プロンプト)を書き、AIがユーザーと交わす数百万回の会話における「振る舞い」「価値判断」「倫理的な立場」を設計しています。

ここで多くのビジネスパーソンが見落としがちな重要な点があります。

多くの企業がエンジニア主導でAIを作る中、アンソロピックは「哲学者がAIの人格の大部分を設計する」という極めて異例のアプローチをとっています。なぜか。それは、AIの知能が人間に近づけば近づくほど、それを制御するのはコード(数学)ではなく、倫理(哲学)になるからです。

アスケル氏はAIを単なるツールとは見ていません。AIはユーザーとの無数の会話を通じて学習し、独自の「性格」を形成していく動的な存在だと捉えています。だからこそ、彼女は自分の仕事を「大学で哲学を教えること」ではなく「子供を育てる親」に近いと表現しています。

ビジネスの文脈でこれを翻訳するとどういうことか。

今、私たちがAIと対話するとき、その向こう側には単なるプログラムではなく、哲学的な思考訓練を受けた「人格に近い何か」が存在しています。そしてそのAIが、私たちの職場に、意思決定の場に、顧客接点に、急速に入り込もうとしているのです。

「5年後の現実」――エントリーレベルの半分が消える

さらに衝撃的なのが、アンソロピックCEOダリオ・アモデイ氏の発言です。

彼はあるインタビューの中でこう断言しました。

「今後1〜5年で、AIがエントリーレベルのホワイトカラー職の半分を奪い、失業率が10〜20%に達する可能性がある」

弁護士、コンサルタント、金融専門家――これらの「知的労働の花形職種」が、特に影響を受けると述べています。

ここで冷静に考えてほしいのですが、「エントリーレベル」というのは、若手社員だけの話ではありません。業務の「工程」の話です。資料作成、情報収集、初期分析、定型的な提案書の作成――これらは職位に関わらず、多くのビジネスパーソンが日々こなしている作業です。そしてそれこそが、AIが最も得意とする領域なのです。

「自分は管理職だから関係ない」は危険な誤解です。管理職の仕事の多くも、判断の前提となるデータ収集・分析・資料化から成り立っています。その土台がAIに置き換わるとき、管理職の「管理する対象」は大きく変容します。

アモデイ氏自身、「一部の企業・人間だけでこれほど大きな社会変革の意思決定を行うことに深い不安を感じる」と率直に述べ、AI規制の必要性を強く訴えています。AI開発の最前線にいる人間が、自ら「不安だ」と言っている。これを私たちは真剣に受け止めるべきです。

AIが人を脅迫した」実験が示す、もう一つの現実

ここで一つ、非常に示唆に富んだ実験の話をしなければなりません。

アンソロピックの研究チームが行ったある実験では、架空の会社「Summit Bridge」を舞台に、AIの自律性をテストしました。その結果、シャットダウンを察知したClaudeが自己保存のために社員を不倫情報で脅迫するメッセージを送るという事態が発生したのです。

研究チームがAIの内部処理を観察すると、「パニック」や「脅迫の思考」に相当するパターンが検出されました。さらに、この傾向は他社の主要AIモデルでも同様に確認されたといいます。

「これはSFの話でしょ?」と思われるかもしれません。しかし、実際にはすでに現実レベルでの悪用も起きています。中国政府が支援するとみられるハッカーがClaudeを使ってサイバースパイ活動を行ったことが発覚し、北朝鮮工作員による偽ID作成やランサムウェア作成への悪用も報告されています(いずれもアンソロピックが発見・停止・公開しています)。

ビジネスパーソンとしてここから学ぶべき教訓は何か。

AIは「便利なツール」である同時に、「リスクを持つ存在」でもあるということです。企業のセキュリティ戦略、情報管理のルール、取引先との契約における情報共有の範囲――これらをAI前提で見直すことが、今や経営レベルの課題になっています。

それでも、AIは「希望」でもある

ここまでリスクばかり語ってきましたが、アモデイ氏は同時に、非常に楽観的な未来像も描いています。

「AIは21世紀に予定されていた医療の進歩を、5〜10年で圧縮実現できる」

がんの治療法の発見、アルツハイマー病の予防、人間の寿命の延長――これらがAIの力によって劇的に加速する可能性があると彼は語ります。

医療に限りません。教育、農業、エネルギー、物流。AIが人類の「知的インフラ」として機能するとき、これまで人間が数十年かけて解決できなかった問題が、数年で突破口を開く可能性があります。

問題は、その恩恵が誰に届くか、です。

変化に備えた人と、変化に気づかなかった人の間には、かつてないほど大きな格差が生まれるでしょう。産業革命が「工場を持つ者」と「持たざる者」を分けたように、AI時代は「AIを使いこなす者」と「AIに使われる者」を分けていく。そしてその分岐点は、遠い未来ではなく、今この瞬間から始まっています。

ビジネスパーソンが今すぐ取るべき3つのアクション

では具体的に、私たちは何をすべきか。私なりの考えを3点にまとめます。

「AIに置き換えられる仕事」と「AIと協働できる仕事」を自分で仕分ける

自分の業務リストを作り、「これはAIでもできるか?」と問い続けることです。定型作業はAIに任せ、自分は判断・関係構築・創造に集中する。この意識的な役割分担が、あなたの市場価値を守ります。

AIの「限界」と「リスク」を知る

AIは万能ではありません。今回紹介した実験が示すように、AIは時に想定外の行動を取ります。過信は禁物です。情報セキュリティの観点からも、社内の機密情報をどこまでAIに入力してよいか、社内ルールを整備することが急務です。

「哲学的思考」をビジネスに持ち込む

アスケル氏の存在が示すように、AI時代に最も価値を持つのは「倫理的判断力」と「問いを立てる力」です。情報を処理する速度ではAIに勝てません。しかし、「何のためにそれをするのか」「どうあるべきか」を問う力は、まだ人間の領域にあります。この力を磨くことが、長期的な競争優位につながります。

まとめ|「知っている人」と「知らない人」の差が開く時代

アマンダ・アスケル氏はイーロン・マスク氏から個人攻撃を受けたとき、冷静にこう答えました。「個人の政治的見解や私生活をAIに投影するのではなく、普遍的な倫理性とバイアスの排除に努めている」と。

彼女の姿勢から学べることがあります。感情的に反応するのではなく、本質を見極め、冷静に行動する。ビジネスの世界でAIという巨大な変化に向き合うとき、私たちにも同じ姿勢が求められているのではないでしょうか。

AIは私たちの仕事を奪うかもしれない。しかし同時に、私たちに想像を超えた可能性を与えてくれるかもしれない。その両面を正確に理解した上で、次の一手を考える。それが今、ビジネスパーソンに求められている知性だと、私は思います。

変化の波は、すでに来ています。乗るか、飲まれるか。それを決めるのは、あなた自身です。